
近年、顧客からの著しい迷惑行為、すなわちカスタマーハラスメントが問題になっています。カスハラは働く従業員の心身の安全を害し、ひいては安定した事業活動の妨げともなります。そこで、これから複数回に渡り、企業のカスハラ対策を取り上げます。
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは

会社が営業していく中でどうしても避けられないのが、顧客や取引先からのクレームです。
“クレーム”と言うと、全てがマイナスのイメージで捉えられがちですが、本来、クレームという用語自体にはマイナスの意味合いはありません。
クレームの中には、顧客や取引先が不当な扱いを受けたがための正当なクレームや、商品やサービスの向上・改善につながる有益なクレームもあります。
しかし、その一方で、過剰な要求を行ったり、商品やサービスに不当な言いがかりをつける悪質なクレームもあります。
近年問題になっているのは後者の悪質なクレームの方で、このような著しい迷惑行為、すなわち、カスタマーハラスメント(カスハラ)によって、対応する従業員が精神的に疲弊し、ひどい場合には休職や退職にまで追い込まれてしまうケースも散見されます。
なお、一般的にカスハラとは、
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の従業環境が害されるもの
とされています(厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」)。
カスハラ対策を行うことは事業主の責務

令和元年6月に労働施策総合推進法等が改正され、職場におけるパワーハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となりました。
この改正を踏まえて、令和2年1月、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が令和2年厚生労働省告示第5号として策定され、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為に関して、事業主は、労働者からの相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や労働者への配慮の取組を行うことが望ましい旨、及び、被害を防止するための取組を行うことが有効である旨が定められました。
東京都では、全国に先駆けて、令和7年4月1日からカスタマーハラスメント防止条例が施行されており、その目的は、「顧客等の豊かな消費生活、就業者の安全及び健康の確保並びに事業者の安定した事業活動を促進」することとされています。
「顧客等からの著しい迷惑行為であるカスタマー・ハラスメントは、働く人を傷つけるのみならず、商品又はサービスの提供を受ける環境や事業の継続に悪影響を及ぼすものとして、個々の事業者にとどまらず、社会全体で対応しなければならない」とも、その前文に謳われています。
日本全国を対象とした、国会による立法が待たれるところですが、法制化がまだであったとしても、事業主は、もともと、そこで働く個々の労働者に対して安全配慮義務を負っています。
その安全配慮義務の一環として、労働者の心身の安全を守り、労働者が安心して働くことができるよう、カスハラ対策を行うことは事業者の責務と言えるのです。
カスハラ該当性の判断基準

悪質なカスハラから従業員を守るべく、カスハラ対策を行うことが企業の責務であるとして、それでは、具体的にはどのような行為がカスハラに当たるのでしょうか。
例えば、「お客様第一主義」を理念とし、顧客からかかってきた電話については担当者の側からは切らないことを原則としている企業もあれば、顧客といえとも、一定のレベルを超えた場合には毅然とした態度をとる企業もあり、対応は様々です。
先に述べたとおり、カスハラとは、
顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の従業環境が害されるもの
と言われています。
業種や業態、その企業の理念などによって考え方は千差万別でしょうが、共通するカスハラの判断基準として、次の2点は覚えておいていただきたいと思います。
それは、
①顧客等の要求内容に妥当性はあるか
②要求内容を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当と言えるか
です。
以下、厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参考に、詳しく見ていきます。
①顧客等の要求内容に妥当性はあるか

顧客等からクレームがあった場合、まずは事実関係を確認することが重要です。
そのうえで、確認された事実と発生した結果との間に因果関係があるかどうか、また、自社に過失(落ち度)があるかどうかを確認します。
例えば、顧客が購入した商品に瑕疵がある場合、企業が謝罪とともに商品の交換や返金に応じることは妥当です。
しかし、
■企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失がない場合
【例】品質には全く問題がない洋服であるにもかかわらず、後日、「やっぱり気に入らないから」との理由で返金を求めてくる場合
■要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
【例】購入した洗濯機の不具合を理由に、電動自転車の無償提供を求めてくる場合
には、顧客等の要求内容に妥当性はありません。
②要求内容を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当と言えるか

次に、その要求内容を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲であると言えるかどうかを確認します。
「社会通念に照らして」というのは、平たく言えば、「常識的に考えて」という意味です。
ここでは、要求内容そのものに妥当性があったとしても、その実現手段・態様が常識的に考えて不相当だということになれば、そのような行為・言動はカスハラになり得るというのがポイントです。
厚労省のマニュアルでは、次のような例示がなされています。
要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの
■身体的な攻撃(暴行、傷害)
■精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉棄損、侮辱、暴言)
■威圧的な言動
■土下座の要求
■継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
■拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
■差別的な言動
■性的な言動
■従業員個人への攻撃、要求
要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるもの
■商品交換の要求
■金銭補償の要求
■謝罪の要求(土下座を除く)
例に挙げられている「土下座」ですが、日本の社会では古くから、「土下座することこそが最大限の謝罪の気持ちを表すもの」という受け止め方があったように思われます。
しかしながら、上の例示でも分かるとおり、「土下座」は、顧客等の要求内容がたとえ妥当だったとしても、その要求内容を実現するための手段・態様としては不相当と判断される可能性が高いのです。
謝罪の気持ちは、心のこもった言葉や深いお辞儀などで十分に伝わります。
それらを超えて、「とにかく、土下座しろ!」という要求には屈しなくてよいのです。
さて、今回は企業のカスハラ対策第一弾として、カスハラの定義や判断基準をご紹介しました。
次回は、カスハラが法律上(民事上または刑事上)どのような扱いを受けるのかを見ていきたいと思います。
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