製造委託で、下請事業者から納入された物に何らかの瑕疵があったとしても、下請法上「返品」が禁止されている場合があります。この記事では、最新の勧告事例(トヨタ子会社の例)を材料に、瑕疵がある場合の「返品の禁止」について解説します。
1 その返品、大丈夫ですか?
製造委託をした場合に、下請事業者から納入された物に何らかの瑕疵(不良品、傷物など)があれば、「これはダメだ」と下請事業者に返品したくなるところです。民法的に言えば、契約不適合責任(契約通りの物を給付しなかった責任)として契約の解除をするということになります。
しかしながら、下請法の適用がある取引の場合、実は返品できるパターンが限られています。
以下、下請法違反となった具体例として令和6年7月の勧告事例を紹介します。
2 トヨタ子会社のケース
株式会社トヨタカスタマイジング&ディベロップメント(以下「トヨタカスタマイジング」とします。)は、世界的な車メーカーであるトヨタ自動車株式会社の子会社で、トヨタ自動車株式会社からの開発受託を受けている他、特装車両(例えば救急車や道路パトロールカーなど)の企画、開発、生産、販売、アフターサービスなどをしている会社です。
トヨタカスタマイジングは、自動車の外装用・内装用の製品を外注して、その自社が販売する又は製造を請け負っている自動車に架装を施していました。すなわち、架装用の製品を、下請事業者に製造委託していたという状況です。
この下請取引の際に、納入された製品の一部が不良品だということで、トヨタカスタマイジングから下請事業者に返品がなされていたということです。
「不良品だったら返品するのは当然ではないか?」という疑問を抱いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかしながら、下請法は、一定のパターンの場合には、例え納入された製品が不良品だったとしても返品を禁止しているのです(下請法第4条1項4号)。
それでは、このトヨタカスタマイジングのケースではどのようなパターンに当てはまったのでしょうか。
結論から述べますと、今回のこのケースでは、受入時の品質検査を省略していました。
事業者同士で製造委託を行った場合、発注者側は、給付の目的物を受け取った際には遅滞なくこれを検査して、契約に適合しているか(不良品や不備・欠陥が無いかどうか)を調べなくてはならないのが原則です(商法526条1項)。
この原則は、通常は特約等で緩和することができるのですが、下請事業者保護の観点から、下請法は、特約の有無にかかわらず、受入検査を省略した場合には返品を禁止しています。
発注者側が行うべき検査を行わなかったのであるから、あとは自己責任、というわけですね。
受入時の検査(検収、検品)を実施せず省略する場合には、直ちに発見することができる瑕疵があった際に返品できないのはもちろん、直ちに発見することのできない瑕疵がエンドユーザーの使用中に発見されたなどというケースでも、返品ができないことになりますので注意が必要です。
事例に戻りますが、このトヨタカスタマイジングのケースでは、発注者側であるトヨタカスタマイジングは受入検査を行っていなかったところ、後になって、製品に傷がある、問題点があるとして返品を要請し、下請事業者側も返品に応じていたという状況だったとのことです。
結果として、下請事業者65名に対し、約5427万円分(製品の取り付け・取り外しの作業工賃を含む)の製品の返品を行ったということでした。
このことが、下請法の「返品の禁止」(第4条1項4号)に該当し下請法違反となるとして、令和6年7月5日、公正取引委員会はトヨタカスタマイジングに勧告を行いました。
なお、トヨタカスタマイジングは、令和6年6月20日、下請事業者に対し、上記の下請代金相当額等を支払済みのようです。、
ちなみに今回の勧告で、トヨタカスタマイジングは金型を無償保管させたことについても勧告を受けています(本記事では省略します)。
参考:公正取引委員会HP「(令和6年7月5日)株式会社トヨタカスタマイジング&ディベロップメントに対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/240705_ToyotaCustomizingandDevelopment.html
金型の無償保管が下請法違反になるとして勧告が行われたケースについては、過去のこちらのコラムもご参照ください。
3 瑕疵があっても返品が禁止される4つのパターン
下請法第4条1項4号は、親事業者による返品を禁止しています。
下請法第4条第2項
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号及び第四号を除く。)に掲げる行為をしてはならない。
4号
下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付を受領した後、下請事業者にその給付に係る物を引き取らせること。
引用 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=331AC0000000120
例えば、親事業者が商品の販売期間を決めていて、その期間が終了して売れ残ったものを下請事業者に引き取らせた場合には、この返品の禁止に該当することになります。
また、親事業者側が誤発注して在庫が過剰になった場合や、事業計画が変更になって在庫を抱えてしまった場合などに、不要となった分を下請事業者に引き取らせることも、禁止される返品に当たると考えられます。
問題は、製品に瑕疵がある場合にも返品が禁止されるケースがあるということです。
契約に適合しない不良品(不備、欠陥、瑕疵がある等)が納入された場合、発注者側がその分について返品することは、民法上の原則としては許されることになっています。
しかし、返品をすることが権利の濫用行為に当たるとして、下請法上禁止されているパターンが、運用上いくつか定められています。
パターンは大きく分けて次の4つです。
①受領した製品について受入検査を行い合格になったにもかかわらず、受領後6か月を経過して、直ちに発見することのできない瑕疵が発見されたパターン
→6か月以内であれば返品できますが、この期間を過ぎると返品が禁止されます。早期の契約関係・権利関係の決着によって下請事業者を保護する趣旨と考えられます。
②抜き取り検査(ロット単位)を行っているところ、合格ロットの中に直ちに発見することのできる瑕疵があったパターンでは、次の条件を満たすときは返品ができますが、ひとつでも満たさないときは返品が禁止されます。
(a)継続的な下請取引である
(b)あらかじめ返品について合意が書面化されている
(c)当該書面と3条書面とが関連付けされている
(d)当該給付についての下請代金の最初の支払い時までに返品を行う
③下請事業者に受入検査を任せているパターンでは、次の条件を満たすときは返品ができますが、両方満たさない場合には後から瑕疵が見つかっても返品が禁止されます。
(a)受入検査を文書で委任している
(b)下請事業者に明らかなミスがあった
④そもそも受入検査自体を行っていない(省略している)パターン
→前述の通り、例え後から瑕疵が見つかったとしても、返品は禁止されています。
※直ちに発見することのできる瑕疵は、受入検査時に判明するので、検査後に速やかな返品が必要となることは前提とされています。
4 返品に関する令和の勧告事例
⑴ コストコホールセールジャパン株式会社のケース(令和6年3月)
コストコホールセールジャパン株式会社(以下「コストコ」とします。)は、会員制倉庫型店舗を運営している企業であり、コストコの会員になることで食品や生活用品などを卸値で買うことができます。利用したことがある方も多いのではないでしょうか。
コストコと言えば、美味しいお惣菜やパン、ケーキなどのスイーツも有名です。
コストコは、消費者に販売するそういった食料品やその原材料について、下請事業者に製造委託をしていたということです。
その食料品等といった商品について、納入された後、(具体的なことは公表されていませんが)瑕疵があるとして、コストコから下請事業者に返品がなされていました。
問題だったのは、今回のトヨタ子会社の件と同様、コストコが、下請事業者から商品を受領した後、受入検査(品質検査)を行っていなかったことです。
前述の通り、受入検査を行わない場合には、例え後から瑕疵が見つかった場合でも、下請法上返品が禁止されています。
しかしながらコストコは、下請事業者11名に対して、約200万円分の商品を返品していたということでした。
このことが、下請法の「返品の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和6年3月12日、公正取引委員会はコストコに対して勧告を行いました。
なお、コストコは、令和6年2月16日、上記約200万円の下請代金相当額について下請事業者に支払済みであるとのことです。
参考:公正取引委員会HP「(令和6年3月12日)コストコホールセールジャパン株式会社に対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/mar/240312_CostcoWholesaleJapan.html
⑵ 株式会社キャメル珈琲(カルディ)のケース(令和5年3月)
株式会社キャメル珈琲は、「カルディコーヒーファーム」で有名なコーヒー豆や輸入食品の仕入れ・製造・販売等を行う会社です(以下、株式会社キャメル珈琲を「カルディ」といいます。)。
カルディは、下請事業者に対して、お客様に販売する食品等の商品の製造を委託していました。
そして、商品を受領した後、瑕疵があることを理由として、下請事業者に返品を行っていたということです。
カルディの場合も、上記2事例と同様、商品受領後に受入検査を行っていませんでした。
受入検査を行わない場合には後から瑕疵が見つかっても下請法上返品が禁止されていますから、このカルディの件の返品も、下請法違反ということになります。
カルディによる返品は、下請事業者49名、合計305万3210円分になるということでした。
このことが、下請法の「返品の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和5年3月17日、公正取引委員会はカルディに対して勧告を行いました。
なお、カルディは、この返品の際に、返品にかかる送料や「契約不適合商品処理負担金」(人件費・保管費等)を、下請事業者に負担させていました。
この件ではそもそも返品自体が違法なのですから、その返品に要する費用を下請事業者に負担させることも、下請法上違法となります(具体的には、「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に該当します。)。
したがって、公正取引委員会はこの点でも、カルディに対して勧告を行いました。
参考:公正取引委員会HP「(令和5年3月17日)株式会社キャメル珈琲に対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/mar/230317_CAMELcoffee.html
⑶ 株式会社レリアンのケース(令和2年2月)
最後の事例は、前述の3事例と少し違う違反内容のものをピックアップします。
株式会社レリアン(以下「レリアン」とします。)は東京都世田谷区にある女性向け既製服等の小売りを手掛ける会社です。
レリアンは、一般の消費者のお客様に販売する既製服について、下請事業者にその製造を委託していました。
しかしながら、レリアンは、服が売れ残ったことを理由として、平成30年11月から令和元年10月の間、下請事業者に商品を引き取らせて返品していました。
この件は、納入された商品に瑕疵があったケースではなく、単に親事業者の都合で不要となった部分について返品が行われたというものです。「返品」のいわゆるモデルケースといえるでしょう。
下請法第4条1項4号は、「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに」返品することを禁止しています。
この件の場合は、まさに下請事業者には何の落ち度もありませんから、当然返品は禁止となります。
このことが、下請法の「返品の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和2年2月14日、公正取引委員会はレリアンに対して勧告を行いました。
ちなみに、この件で返品した商品の下請代金相当額は、総額6億5533万1070円にも上るそうです。
勧告の時点では、まだ返品が続いており(返品した商品を再び引き取っていない)、上記下請代金相当額も支払われていない状態だということでしたが、その後の記者会見で状況を改善していく方針を説明していたとのことでした。
参考:公正取引委員会HP「株式会社レリアンに対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/feb/200214.pdf
6 まとめ
いかがだったでしょうか。
特に製造業においては、大量に部品などの製品を製造委託することも多く、これらを受入検査することは手間だったりコストがかかったりすることです。
しかしながら、今回メインで取り上げたトヨタカスタマイジングの件やコストコの件のように、受入検査を省略してしまうと、受領後に例え瑕疵が見つかったとしても、下請法上は一切返品ができないことになってしまいます。
また、受入検査を行っていても、下請法運用上の条件を満たさない場合には、同様に返品が禁止される状況にもなります。
いかに受入検査が大事か、ということですね。
下請事業者の製造完了時や発送時の検査を信用して受入検査をしていないという場合でも、下請事業者に文書で受入検査を委託しているのでなければ、やはり返品はできないということになりますから、自社の場合にどのような受入検査体制や制度を構築するか、一度ご検討頂くと良いと思います。
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