このページでは、埼玉県で30年以上、企業法務を扱ってきた法律事務所の弁護士が、取締役の善管注意義務、競業避止義務、利益相反取引の制限について解説します。取締役は、株式会社から委任を受け、その職務の遂行につき善良な管理者としての注意義務を負います。また、会社の業務と競業することを避け、会社と利益が相反する取引をすることに制限があります。これに違反すると、会社から損害賠償請求がなされるリスクがあります。

はじめに

このページでは、埼玉県で30年以上、企業法務を扱ってきた法律事務所の弁護士が、取締役の善管注意義務、競業避止義務、利益相反取引の制限について解説します。

善管注意義務とは?

善管注意義務

善管注意義務とは、善良な管理者の注意義務をいい、その義務の対象は、職務の執行についてです。会社と取締役との委任関係から求められます(民法644条)。また、会社法355条には忠実義務が定められておりますが、善管注意義務の一部であると考えられております。取締役の会社に対する義務の一つに、善管注意義務があります。

民法

(受任者の注意義務)
第六百四十四条 受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負う。

会社法

(忠実義務)
第三百五十五条 取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。

善管注意義務違反の水準

では、どこからが善管注意義務の違反といえるのか。
これは一律に決まっているわけではありませんが、その地位にある者に通常期待される程度のものが水準として求められ、会社から専門的な能力を買われて取締役に選任された者はその水準が高くなると考えられております(東京高判昭和58年4月28日)。

ところで、実務では、取締役は不確定な状況下で迅速な判断を迫られることから、失敗があれば事後的にその責任を確実に問われるとすれば、業務執行が畏縮してしまいます。そのため、取締役の積極的な判断に対して責任を問うというよりも、消極的な態度、すなわち、他の取締役に対する監督、監視を怠ったことに対して問われる場面が少なくないとされております。

競業避止義務とは?

競業避止義務

競業避止義務とは、取締役が自己または第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときは、取締役会設置会社では取締役会の承認を、取締役会非設置会社では株主総会の承認を受けなければならないことを指します(会社法356条1項1号、365条1項)。

会社法

(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。

会社の事業の部類に属する取引

会社の事業の部類に属する取引とは、会社が実際に行っている取引と目的物(商品や役務の種類)および市場(地域や流通段階)が競合する取引と考えられます(東京地判昭和56年3月26日参照)。

忠実義務違反のおそれ

競業避止義務が課されているのは、取締役が会社の顧客情報やノウハウを利用して私欲をはかり、会社の利益を害する危険を阻止するためにあります。
そのため、仮に競業避止義務の規定に当たらなくても、取締役が企業秘密を利用して私欲をはかる場合には善管注意義務違反、忠実義務違反の責任を負う場合があるでしょう。

公開会社における開示

公開会社では、事業報告における附属明細書に取締役の競業の明細が開示されることになります。

問題となる場面(退任前後)

競業避止義務がよく問題となる場面は、バリバリ取締役現役として働いているときよりも、退任を予定している時や、退任後が挙げられます。

例えば、退任を予定している取締役が、退任後は新たに事業を開始しようと従業員を引き抜きすることは、不当な態様により行われれば、忠実義務違反として責任を問われることになります(東京高判平成元年10月26日、前橋地判平成7年3月14日)。

また、退任後は原則として自由ですが、退任後の競業を禁止する取締役と会社との間の特約があれば、その特約が取締役の地位、営業秘密や得意先維持の必要性、地域や期間の範囲、代償措置の有無等を考慮し、必要性・相当性が認められる場合には、公序良俗に反しない有効な特約として退任後の競業菱特約も有効と解されます(東京地判平成5年10月4日ほか)。

利益相反取引とは?

利益相反取引

利益相反取引とは、取締役が会社の利益を犠牲にして自己(または第三者)の利益を図る取引を行うことを指します。

直接取引と間接取引

具体的には、
①直接取引
取締役が当事者として、もしくは他人の代理人として、会社と直接取引をしようとするときは、取締役会設置会社では取締役会の承認を、取締役会非設置会社では株主総会の承認を受けなければなりません(会社法356条1項2号、365条1項)。
②間接取引
取締役以外の者と会社との間で、会社・取締役間の利害が相反する間接取引をしようとするときも同様です(会社法356条1項3号、365条1項)。
間接取引は、会社による第三者に対する取締役の債務の保障(最判昭和45年3月12日)、債務引受け(最判昭和43年12月25日)、物上保証(東京地判昭和50年0月11日)などが例示されます。結局、自己が取引主体ではないけれども、客観的に会社の犠牲のもと取締役が私欲をはかることが規制対象となります。

会社法

(競業及び利益相反取引の制限)
第三百五十六条 取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。
(1号略)
二 取締役が自己又は第三者のために株式会社と取引をしようとするとき。
直接取引
三 株式会社が取締役の債務を保証することその他取締役以外の者との間において株式会社と当該取締役との利益が相反する取引をしようとするとき。
間接取引

手続を怠った場合の取引の効力

そして、株主総会や取締役会の承認を受けた取引は有効ですが、承認を受けなければ、会社は取締役に対して取引の無効を主張できます。

もっとも、会社内の手続は、第三者にとっては明確ではありませんから、取引の安全を確保するため、間接取引の相手方との関係では、会社が利益相反取引に該当し、会社の承認を受けていないことを第三者が知っていたことを立証できてはじめて無効を主張できるものとされています(相対的無効説といいます)。

利益相反取引につき承認が不要な場合

利益相反取引の例外として承認が不要な場合もあります。
・直接取引でも会社に損害が生じ得ない場合
 例)会社が取締役から無利子・無担保の貸付を受ける(最判昭和38年12月6日)
   債務を履行する(大判大正9年2月20日)
   普通取引約款に基づく取引を行う(東京地判昭和57年2月24日)
・会社と全株式を有する株主との取引(最判昭和45年8月20日)
・株主全員の同意がある取引(最判昭和49年9月26日)
これは、利益相反規制が株主の利益保護のための規定であるため、株主が同意していればかかる趣旨を害さないということにその理由があります。

この利益相反取引の規制に当たる場合はもとより、これに当たらない場合でも、結局、取締役が会社の犠牲において私欲を図る行為をすれば、忠実義務違反の問題が生じます(東京地判平成17年6月14日)。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 時田 剛志
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