昨今、インターネット上での情報があふれ、弁護士のへのアクセスがしやすくなったことから、会社に対する残業代請求をする労働者が多くなりました。労働者から弁護士を通じて残業代請求をされた場合どのように反論をしていけば良いのか紹介します。
大前提~請求内容が正しいかどうか
弁護士から残業代を請求する旨の内容証明郵便が届き、会社としては困惑し、どうしたら良いのかと冷静さを欠いてしまうケースがしばしば見受けられます。まずは、冷静に基本的なことから考えていきます。
請求内容の基礎となるデータは正しいか
残業代請求をするにあたって、タイムカードのデータや、給与明細票等、多くの情報を基に計算をしていきます。これらを読み解き、計算していくのは人間です。そのため、意図的ではないにしても、入力ミスや項目の捉え方を誤って計算をされていることにより、多額の請求がなされるケースがあります。そこで、会社側としても、同様に計算をしてみて、本当に請求内容が合っているのか確認する必要があります。
割増賃金の基礎となる賃金計算に含まれる項目
割増賃金の基礎となる賃金の算定にあたって、基本給以外に支給されている全てを足し合わせて労働時間で除して計算されており、残業代計算にあたっての基礎となる時給が不当に高くなっているケースがあります。労働基準法では、残業代計算にあたっての基礎となる賃金に含まれないものが規定されています。
労働基準法第37条第5項
第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
そして、「その他厚生労働省令で定める賃金」は、労働基準法施行規則に定められています。
労働基準法施行規則第21条
法第37条第5項の規定によって、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第1項及び第4項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
① 別居手当
② 子女教育手当
③ 住宅手当
④ 臨時に支払われた賃金
⑤ 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
このように、割増賃金の基礎となる賃金の算定にあたって、家族手当、通勤手当、住宅手当については除外して計算する必要があります。しかし、支給された全ての金員を単純に足し合わせて労働時間で除して算定した時給をもって、残業代計算がなされている場合があるので注意が必要です。
もっとも、これらの除外手当の項目にあたるかどうかは、手当の名称という形式で判断するのではなく、実質で判断する必要があります。例えば、「通勤手当」は、労働基準法第37条第5項で規定する除外手当として挙げられています。しかし、そのような名目であっても、距離や通勤手段に関係なく一律に支給されているのであれば、それは実質的には「通勤手当」ではなく、単なる賃金の一部として扱われることになります。
時効期間を過ぎていないか
請求の対象となっている期間について、時効期間を徒過しているものについては、時効の援用をすることで、残業代の支払い義務を免れることができます。令和5年1月時点においての消滅時効期間は、給与支払い月から3年です。ただし、令和2年(2020年)3月以前が給与支払時期となっている場合、時効期間は2年となります。
もっとも、本来であれば民法の改正によって労働債権の消滅時効5年と定められるはずが、当面のあいだは3年とされるに至りました。そのため、請求される時期によって、時効期間が異なってくることに注意が必要です。
会社の指示に反して残業していたのではないか
会社としては、未払残業代請求をしてきた労働者が、会社の指示に反して勝手に残業していたのだから、残業代を支払う必要はない、との反論をすることが考えられます。しかし、このような反論はかなり難しいのが実情です。
明確に残業を禁止していたのであれば、指示に反した残業と称する居残りであって残業代支払いの対象となる労働時間にはあたらないとの主張も認められ得ます。他方、会社が単に残業を命じなかっただけでは、労働者が残業をすることを黙認していたと認定される可能性が高いのです。
昭和25年とかなりの昔の時点で下記の通達が現在でいうところ厚生労働省から発出されています。
「使用者の具体的に指示した仕事が、客観的にみて正規の労働時間内ではなされ得ないと認められる場合の如く、超過勤務の黙示の指示によって法定労働時間を越えて勤務した場合には、時間外労働となる」(昭25年9月14日基収2983号)
東京地判平成9年8月1日、株式会社ほるぶ事件)
「原告薄はプロモーター社員であるところ、同じプロモーター社員である原告小峰は訪問販売のための土曜休日出勤はしていないこと、原告薄にノルマは存しなかったこと、売上目標に達しないことで被告がペナルティーを課すことはなかったことが認められる(甲二〔枝番含む〕、原告薄)ものの、現実には月間の売上目標に達しないと休みをとりにくい風潮にあり、登坂支店長のころ(平成二年ころ)には売上が悪いのに休みをとるのかとの趣旨のことを言われたことがある他、これらの業務は原告薄の通常の勤務日のみでは訪問販売業務の全部を処理することが不可能であるために土曜休日に行われた業務と認められ(原告薄)、タイムカードによって被告に管理され、被告において原告薄がこれらの業務に従事していることを充分に認識しながら、これらの業務を中止するように指示を出すこともなかったのであるから、少なくとも被告による黙示の指示によって土曜休日出勤がなされていたものと認められ(甲三〔枝番含む〕、六、一〇、原告薄、弁論の全趣旨)、この点に関する被告の主張も理由がない。」「したがって、原告平及び同薄について、土曜休日出勤を指示・命令した事実はないので時間外及び休日手当を支給する義務はない旨の被告の主張は理由がない。」
このように残業の指示をしていなくても、ノルマではなく月間の売上目標に達しないと休みをとりにくい「風潮」といったあいまいなものをもって、「黙示の指示」が認められています。
このように「黙示の指示」を否定するためのハードルは高いといえます。
会社にはいたが、仕事をしていなかったのではないか
残業代を少しでももらおうと、仕事がないのに、退勤せずにむやみに会社に残って私的行為をしている労働者もいます。当然このような労働者に対して、会社は残業代など発生しないと考えるでしょう。しかし、裁判例上そのような会社の主張は認められにくいのが現状です。
仙台地判平成21年4月23日、京電工事件
「使用者の側に,労働者の労働時間を管理する義務を課していると解することができるところ,被告においてはその管理をタイムカードで行っていたのであるから,そのタイムカードに打刻された時間の範囲内は,仕事に当てられたものと事実上推定されるというべきである。仮に,その時間内でも仕事に就いていなかった時間が存在するというのであれば,被告において別途時間管理者を選任し,その者に時計を片手に各従業員の毎日の残業状況をチェックさせ,記録化する等しなければ,上記タイムカードによる勤務時間の外形的事実を覆すことは困難というべきである。」
このように、実態として仕事をしているかどうかは置いておいて、タイムカードが打刻された時間の範囲内においては、仕事をしていたものと「推定」されていまいます。仕事がないなら帰るよう指導・注意し、明確な記録が残っていなければ、例え遊んでいることがうかがわれていても、残業代が発生する時間として捉えられてしまいます。
管理監督者であって残業代は発生しないのではないか
非常によく見受けられる会社側の反論として、当該従業員は管理監督者であるから、残業代は発生しないというものが挙げられます。
かなり古い時代の通達ではありますが、管理監督者について、現在でいうところの厚生労働省は下記のように判断基準を示しています。
「監督又は管理の地位に存る者とは、一般的には局長、部長、工場長等労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場に在る者の意であるが、名称にとらはれず出社退社等について厳格な制限を受けない者について実体的に判別すべきものであること。」(昭和22年9月13日基発17号)
「「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。」(昭和63年3月14日基発150号)
このように、管理監督者にあたるかどうかは、実態に即して判断され、「労務管理について経営者と一体的な立場にある者」と示されています。日本の中小企業において、「経営者と一体的な立場にある者」とは、取締役以外、通常考えられにくいことが多いのではないでしょうか。
東京地判平成20年1月28日、日本マクドナルド事件
「店長は,アルバイト従業員であるクルーを採用して,その時給額を決定したり,スウィングマネージャーへの昇格を決定する権限や,クルーやスウィングマネージャーの人事考課を行い,その昇給を決定する権限を有しているが,将来,アシスタントマネージャーや店長に昇格していく社員を採用する権限はないし・・・アシスタントマネージャーに対する一次評価者として,その人事考課に関与するものの,その最終的な決定までには,OCによる二次評価のほか,上記の三者面談や評価会議が予定されているのであるから,店長は,被告における労務管理の一端を担っていることは否定できないものの,労務管理に関し,経営者と一体的立場にあったとはいい難い。」
「店長は,店舗の運営に関しては,被告を代表して,店舗従業員の代表者との間で時間外労働等に関する協定を締結するなどの権限を有するほか,店舗従業員の勤務シフトの決定や,努力目標として位置づけられる次年度の損益計画の作成,販売促進活動の実施等について一定の裁量を有し,また,店舗の支出についても一定の事項に関する決裁権限を有している。しかしながら,本社がブランドイメージを構築するために打ち出した店舗の営業時間の設定には,事実上,これに従うことが余儀なくされるし,全国展開する飲食店という性質上,店舗で独自のメニューを開発したり,原材料の仕入れ先を自由に選定したり,商品の価格を設定するということは予定されていない」「また,店長は,店長会議や店長コンベンションなど被告で開催される各種会議に参加しているが,これらは,被告から企業全体の営業方針,営業戦略,人事等に関する情報提供が行われるほかは,店舗運営に関する意見交換が行われるというものであって,その場で被告の企業全体としての経営方針等の決定に店長が関与するというものではないし(証人緑川五郎),他に店長が被告の企業全体の経営方針等の決定過程に関与していると評価できるような事実も認められない。」
「店長は,自らのスケジュールを決定する権限を有し,早退や遅刻に関して,上司であるOCの許可を得る必要はないなど,形式的には労働時間に裁量があるといえるものの,実際には,店長として固有の業務を遂行するだけで相応の時間を要するうえ・・・,上記のとおり,店舗の各営業時間帯には必ずシフトマネージャーを置かなければならないという被告の勤務態勢上の必要性から,自らシフトマネージャーとして勤務することなどにより,法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされるのであるから,かかる勤務実態からすると,労働時間に関する自由裁量性があったとは認められない。」
「店長のかかる勤務実態を併せ考慮すると,上記検討した店長の賃金は,労働基準法の労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては,十分であるといい難い。」
有名なマクドナルドの店長が残業代を請求した事件についての判示です。
まず、店長が人事権を有するとの会社側の反論に対し、結局は最終的判断権を有していないことを理由として、経営者と一体の立場であることを否定しました。
次に、店長は店舗運営にあたって経営権限を有しているとの会社側の反論に対し、結局は本社の指示に従うこととなっていることから経営者と一体の立場であることを否定しました。
さらに、店長はアルバイト等のシフトを組む権限を有しており、自らの出退勤について裁量があるのと会社側の反論に対し、実態としては店長自らがシフトマネージャーとして店舗業務に携わって自らが穴埋めしなければならない点から、店長の自由裁量を否定しました。
マクドナルドの店長についての裁判例は非常に有名なものですが、店長レベルでは管理監督者性が認められないことが判示され、非常に話題になったところです。裁判例では、非常に詳細に事実認定を行い、「経営者と一体の立場」にあるかどうかを実態に照らして判断をしています。
多くの中小企業で、このような詳細な検討をしていくと、部長等の役職者であったとしても、「経営者と一体の立場」にあることは非常にレアケースであると言えるでしょう。
固定残業代を定めている
就業規則において、固定残業代を定めているケースが多く見受けられます。固定残業代を支払っているのであるから、未払残業代は発生しないと反論する会社が多くあります。
まず、就業規則の周知徹底がなされていることが前提です。誰も見ることができない状況下においては、就業規則を根拠とした主張は認められません。
固定残業代さえ定めれば、無制限に残業代を支払わずに済むと考えられる方がいますが、そのようなことは認められません。極論をすれば、例えば基本給月額20万円、固定残業代月額5万円と定め、数百時間の残業をしていても固定残業代は支払い済みであるとの主張が認められることになります。しかし、このような主張は認められません。あくまでも、一定の時間分までの残業代は固定残業代の中でまかない、その時間を超えた場合には、別途未払残業代を支払う必要があるのです。
固定残業代の合意の有効性については、使用者が労働者に対して労働基準法第37条の定める割増賃金を支払ったと認めることができるためには、①通常の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができること(明確区分性があること)が必要であり、かつ、②当該手当が時間外労働に対する対価として支払われたものであること(対価性があること)を要する(最判平成6年6月13日、最判平成24年3月8日、最判平成29年2月28日、最判平成30年7月19日)とされています。
明確区分性
明確区分性に欠ける例として、毎月の支給額30万円(固定残業代を含む)とする規定が挙げられます。このような規定では、30万円のうち、どの金額が固定残業代にあたるのか不明であり、残業代の支払いがなされたものとは認められません。
対価性
最判平成30年7月19日、日本ケミカル事件
「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。また,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照),使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。そして,雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」
このように、対価性の要件の充足については、「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」として、実態に合ったものであることを前提に、一定の残業時間に対する対価であることが認められる必要があります。
このように、固定残業代が残業代の弁済として認められるかどうかは、実態に即して判断されるため、「固定残業代」を支払っているので安泰だと安易に考えることは極めて危険です。固定残業代を定めるのであれば、何時間相当の分にあたるのか、それを超えた場合にはきちんと残業代を支払っているのか、固定残業代を当該時間で除したときの1時間あたりの残業代が、残業の対価と評価できる金額となっているか、等注意すべきです。
グリーンリーフ法律事務所は、地元埼玉で30年以上の実績があり、各分野について専門チームを設けています。ご依頼を受けた場合、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。
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