労働者は職場においても、生命・身体の安全、名誉・人格権、プライバシー、職場における自由な人間関係の形成をする権利、適切な配置や処遇を受ける権利があり、これを害された場合にはパワハラ等の被害者であるといえます。このページでは使用者としても使用者責任や環境配慮義務違反の債務不履行責任を追及されないよう、あるいは追及された場合にどうするべきかという観点から、法律上・事実上すべき対応策について解説しています。

パワハラが発生した企業、何が問題?

企業の側は、パワハラに対し不法行為責任や債務不履行責任が問われかねない

パワハラの「対象」となる人は、雇用する労働者です。パートやアルバイトなどの非正規雇用者も対象となります。上司から部下へというケースが多いでしょうが、その二者間の加害事実という関係に限りません。

パワハラが起こりうる「場所」は、一言でいえば「職場」ということですが、物理的な「勤務地」というだけではなく、休憩室、食堂、トイレ、更衣室のほか、出張などで外出中の空間や、社員寮、通勤中なども含まれます。業務を遂行する場所は「職場」に含まれるわけです。

さらに、パワハラが生じうる「時間」という観点で見ても、勤務時間でなくとも社員寮でのことや通勤中、出張中といった実質上職務の延長と考えられるタイミングであれば含まれます。

このようなパワハラとなりうる「対象」「場所」「時間」は、それぞれかなり広い概念であって、企業の側もパワハラが生じないように対策せねばなりません。
もし問題となった行為がパワハラとなれば、企業は直接パワハラをしていた行為者ではなくとも、「不法行為」あるいは「債務不履行責任」が問われかねないことになります。

そもそも、労働者は、企業の運営や職場におけるチームワークを乱したり、他の労働者の就労を妨害してはならない等の企業秩序・職場秩序を遵守する義務(これは「職場秩序遵守義務」と呼ばれています)を負っています。
パワハラ行為を行うことはこの「職場秩序遵守義務」に違反することにほかなりませんので、加害者は、パワハラ行為を行ったことを理由に、従業員に対して「職場環境配慮義務」、つまり会社が労働者に対して物理的に良好な職場環境を整備するとともに、精神的にも良好な状態で就業できるように職場環境を整備する義務を負う会社から懲戒免職、戒告等の処分を受ける ということになります。

ポイントは、職場秩序遵守義務というものが、その会社に雇われた瞬間に、当然に発生する責任であるということです。
逆に、使用者側は、パワハラ事案が起こった場合にそれを是正し、将来に渡ってその発生を防止する義務(職場環境配慮義務の一つ)があるので、懲戒処分を行わず、パワハラ行為を黙認・放置することは許されないということになります。

パワハラの被害者からどのような請求がされてしまうのか?

パワハラの加害者自身に対して、民事上の責任(損害賠償請求など)のほか、犯罪として刑事上の責任(暴行罪、強制わいせつ罪、強要罪など)を問われることもあります。

そして、ハラスメントが発生したことについて会社自身の責任として、パワハラの発生防止義務を怠ったとして民事上の責任を問われることもあります。
このうち、パワハラの加害者や会社に対する損害賠償請求がされた場合に、認められうる損害としては、被害者に発生した、パワハラにより生じた症状に対する治療費、通院交通費等のほか、精神的苦痛に対する慰謝料、休業損害、働けなくなったことによる逸失利益、弁護士費用、パワハラにより減額された賃金の補償分などが考えられます。場合によっては、この損害総額が数千万円あるいはそれ以上になるということもありえます。
そして、会社に生じた社会的な信用の失墜については、金銭では測りつくせないものです。

パワハラにより生じる経済的な面以外の損失について

パワハラが発生してしまい、それに適切に対処しなかった企業は、行政処分(指導・勧告や会社名の公表)を受けたり、パワハラを黙認・放置する会社として社会的な信用が失墜してしまうこともありえます。この社会的信用の失墜については、金銭では計り知れないものといえます。

また、パワハラ被害者にとっては「不快感・不安・恐怖等に悩まされる」、「自分に自信が持てなくなる」、「仕事上で能力が発揮できなくなる」という影響を生じさせます。
被害者以外の他の従業員に対しても、「次は自分が言われる(される)かもしれないという不安を感じる」、「(会社が放置することによって)ほかにもハラスメント行為が横行する可能性」、「職場全体のモチベーションの低下」などの影響が考えられます。

結果として、企業としては上述の賠償責任だけではなく「職場環境の悪化による、生産性の低下」という付随的ではあるけれども決して無視できない損害も生じるといえます。

パワハラの被害者が紛争を解決するために

まず、社内窓口への相談が考えられます。
先日成立・施行された「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(通称・「労働施策総合推進法」。「パワハラ防止法」とも呼ばれています。)では、企業側に「労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」という義務を課していますから、これに基づいて社内の窓口を作っておく必要があります。したがって、まずはこのような社内の窓口に相談し、紛争を解決することが考えられます。

内部で解決できないのであれば、被害者としては証拠をそろえた上で、民事裁判手続、具体的には仮処分手続による差止請求という緊急性が高い場合の措置もあります。裁判所の決定の中には、パワハラ行為に当たる暴行・強迫・名誉棄損等にわたる一切の行為を差し止めることを認めた事例があります。

その他にも、通常の民事訴訟として損害賠償や、無効確認請求(人事権の行使がパワハラ行為に当たるとした場合に、その人事権行使を権利濫用として無効を主張とするもの)のほか、労働審判という原則3回までで終了する裁判手続で損害賠償請求やパワハラ行為にあたるような人事権行使などの有効性を争うこともあります。
ほかにも、労組の団体交渉という方法もあります。職場環境の改善は労働組合の役割の主たるものといえます。この方法は、民事裁判手続と並行して行うことも妨げられるわけではありませんので、これらを両方執ることもあります。
パワハラ行為が暴行・傷害・脅迫・名誉棄損等の刑法犯罪に該当するものである場合は、刑事告訴という方法も考えられます。

確認すべき証拠としては、分かりやすいものとして「録音」があります。必ずしもパワハラ行為をする加害者に対し、録音の許可をとる必要はありません。
他には、「写真・動画」なども考えられます。暴行や個室の隔離行為などについて、証明力が高い方法と考えられます。
パワハラ行為により心身に傷を負ったという場合は、カルテや診断書が証拠となることもあります。
また、近年業務を「メール」などで行うケースもあり、パワハラの加害行為そのものがメールの形でなされることもあります。そこで、このようなメールを証拠とすることもあります。メールをプリントアウトしたり、個人のアドレスに転送するなどして、保存をしておきます。メールの使い方としては、第三者にパワハラ行為の相談をしたものを証拠として使うこともあります。
「手帳」や「日記」などの手控えも有効なケースがあります。後でその記載内容について信用性が問われることもあるので、できるだけ詳しく、問題となる事象の都度に具体的に記載するようにします。

被害者や目撃者、関係者からの相談などを受け付けた使用者側は、上記のような証拠がないか、丁寧に聞き取りをしましょう。証拠がない、というケースもあるかもしれませんが、そのことだけで直ちにパワハラ行為がないとすることは不適切ですから、それでもまずは対応をすることです。

使用者側に求められる対応策とは何か?

まずは予防策!

禁止規定を定める

職場におけるパワハラをなくすには、そもそも職場内において、どのような言動がパワハラに当たるのか、そしてパワハラをした者に対してどのような措置をとることになるか、ということを明確にする「禁止規定」を定めることが第一です。
このような禁止規定を設けることは、「職場におけるパワハラを許さない」という使用社からのメッセージにもなりうるのです。
この禁止規定の中身としては、たとえば就業規則などの社内の規定において「パワハラ」の具体例を列挙するのがよいでしょう。

次に、違反時の措置についても、懲戒処分の対象になることを明記します。単に対象となるだけではなく、適正な手続を担保するために懲戒処分の手続についても明記しておくことが必要です。

更に、このような禁止規定は、従業員に対して公表しなければ意味がありません。一度限りではなく、社内で周知徹底されるよう、定期的に研修をしたり、禁止規定の確認をすべきです。

より望ましい対応としては、そのような禁止規定を設け、企業としてパワハラ対策に取り組んでいることを公表することです。自社のコンプライアンスが適切になされていることを公にすれば、企業価値を高めることにもつながります。

苦情処理委員会や相談受付窓口を設置

法律上、セクハラやマタハラだけではなく、パワハラに関しても相談窓口を作ることが義務付けられています。単に相談窓口を作っただけでは、対応としては不十分です。どこが相談担当になるのか、相談体制として内部だけの窓口ではなく、相談しやすいように外部の期間を窓口とすることも検討しましょう。

さらに、その相談体制を実際に利用できるように周知しておくことも必要です。例えば社内報や研修時の説明、ホームページなどでどこに相談窓口があり、どのように相談すればよいのか、明確にしておきましょう。
当然のことではありますが、このような相談窓口などを利用したことにより、パワハラの被害者や相談者が不利益な取扱いを受けてしまっては、相談の機会を奪うことになりますし、パワハラ被害は潜在化してしまいます。決して相談があったことにより、不利益な扱いをしてはいけません。

教育研修や苦情処理に対応する者らへの研修

ハラスメントに関する研修をすることで、従業員自身がパワハラに対する関心と理解を深めることができます。
まずはパワハラに関する知識を職場全体で身に着けるための研修等を行うことです。一度だけの研修では、パワハラの理解はなかなか深まりませんし、関心も薄れてしまいがちです定期的に知識を得る研修をしたり、アンガーマネジメントなどの実施をしましょう。

さらに、パワハラの相談を受け付ける相談担当員にも、研修をすることが肝要です。なぜならば、そのような相談担当員は、被害者審理への理解やプライバシー保護に関する配慮に対し、常に研鑽を積む必要があるからです。

パワハラが起きてしまったら・・・

パワハラの加害者への対応

パワハラ行為が認められるようであれば、企業としては厳正に対処しなければなりません。
禁止規定に定めるパワハラ行為をした者に対しては、弁明の機会を確実に与えながらも、その行為の重大性を見て処分を決めます。この行為の重大性と、処分内容の相当性は、バランスを欠かないよう、留意する必要があります。

パワハラの加害者に対して処分をしたにもかかわらず、パワハラが再度発生する、ということでは意味がありません。パワハラがなぜ起きたのかという原因は明らかにしておくことが重要でしょうし、加害者に対し個別に研修をさせるなど、再発防止のための対策も欠かさないようにしましょう。

まとめ

パワハラという問題について、使用者側に求められることは、何よりも「職場におけるパワハラ行為は、会社自身にとってマイナスである」ということを自覚すること、そしてそのような問題が生じないようにする必要性を認識することです。

近年、パワハラだけではなく、セクハラ・マタハラなどの職場におけるいじめ・いやがらせ全体に対し、行為類型をパンフレットにするなどして従業員に啓蒙する企業もあります。
内部だけで解決することは困難を伴うこともありますし、従業員から相談しづらいということを考慮し、中立的な「苦情処理委員会」や「苦情受付窓口」と作るだけではなく、外部窓口(弁護士等)に委託する例もあります。外部窓口がある場合は、使用者から相談希望者に具体的な連絡先を紹介します。窓口や処理担当を設けるだけではなく、設置の後に担当者や従業員全体の研修・訓練を定期的に行うようにしましょう。

加害者になった者に対しても、教育、警告、処遇の変更、制裁など、放置せずに適切な対応をしなければなりません。ただし、この対応については、パワハラ行為の態様や結果に対して、それに見合う公正・公平な手続を踏むこと、明確な基準を設けてそれを開示しておくことが大切です。
手続や処分の基準を明示することは、被害者・加害者・周囲の者に対する予測可能性を与えるだけではなく、パワハラ行為の予防効果もありますので、非常に有効であるといえます。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 相川 一ゑ
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