人事業主の方の破産においては、破産手続開始決定後破産者となった方が、同一の事業の継続を希望する場合があります。
法人の経営者の方が、同様の事業を自営業者として引き続き行いたいという希望を述べる方もいらっしゃいます。
このような場合に、従前の個人事業、新たな個人事業も、破産手続で清算せざるを得ない事態が予想されるため、これまでの経験を活かした形で、同業他社に雇用してもらい、給与などを得る立場(給与所得者)になっていただくことをお勧めしています。
しかしながら、破産者の年齢や雇用環境などの事情により、他の転職が困難であり、ご自身そしてご家族の生活を維持するために、同一の事業を今後も継続するほかないという立場の方がいらっしゃいます。
そして、破産手続を利用することによって、累積した債務の支払い義務が免除されれば、売上状況に変化がなくても生活維持は可能という場合があります。
飲食店の事業者や一人親方や、最近ご相談を受けた方では美容師理容師の方、動物病院経営の獣医の方もいらっしゃいました。
このように自営業者などの個人事業主の方が、多額の負債を抱えた場合、自己破産後をしても事業を今までどおりに継続できるのかについて、不安を抱えている方が多くいらっしゃいます。
破産手続は、債務や財産を清算し、生活の立て直しを図るための手続ですので、自己破産の申立てを行い、裁判所から、その支払い義務を免除する許可、免責許可決定がなされると負債はすべて免除されます。
他方、破産者の所有する財産は、免責を受ける前提として、管理・換価されますので、一定の評価額を超える財産があれば、換金処分しなければなりません。
そのため、自己破産の手続によることから、個人事業主の方の事業の基盤を失ってしまう可能性が大いにあることは否定できません。
破産手続の目的の一つである、破産者の経済的更生を図るためには、個人事業主の方の事業継続の必要性が認められる場合があることも否定できないところです。
また、個人事業主の方の破産手続は、原則として、破産管財人が選任されるのが裁判所の運用です。
よって、破産申立てのための弁護士費用、管財予納金などの用立てのためにも、事業を継続しなければ、その積立て、支払いもできないという破産申立て前の事情もかかわってきます。
今回は、個人事業主の方の自己破産後の事業の継続の問題についてご説明します。
1 個人事業主の自己破産後の事業継続が困難になる原因
まず、個人事業主の方が自己破産すると、その後の事業継続が困難な場合があります。よって、個人事業主の方が事業を継続したくとも、継続しえない状況がありうることをまず認識しなければなりません。
(1)事業用設備・在庫品が処分されてしまうこと
個人事業主の方が自己破産すると、破産者の財産は、基本的に、そのすべてが「破産財団」を構成するものとされます(破産法34条)。
この破産財団とは、破産手続開始決定の時(時点)において、申立人が所有していた財産のことを言います。
当然、破産者名義の事業用の財産も含まれます。
破産手続開始決定がなされますと、破産財団に所属する財産の管理処分の権限は、すべて破産管財人に帰属します(破産法78条)。
よって、破産者が自由に使用することができなくなります。
事業用の財産(設備・在庫商品など)は、個人事業主の方の事業に欠かせない重要な財産です。
他方、そのような重要な財産は一定の評価額を超えることが多いので、それらは、破産債権者のためにも、管財人に換価(換金)され、配当の原資を形成するべき財産となることから、管財人が換価処分します。
これにより、個人事業主の方の事業のために必要な事業用の財産を失ってしまい、事業継
続のための財産を欠くことになり、事業の継続を事実上困難にするのです。
(2)事業に関する各種の契約が解除されてしまうこと
個人事業主の方が自己破産をすると、事業所や駐車場などの賃貸借契約、従業員との間の雇用契約、事業用機械・設備のリース契約などが解除されてしまいます。
例えば、不動産の賃貸借については、民法上、賃借人が破産しても強制的に解除されるわけではありません。
しかし、事業用物件の賃借に際して、預け入れられる敷金・保証金は、破産管財人の管理する破産財産を構成する財産となるため、それらの返金を受けるため破産管財によって、解除されることになるのが一般です。
これにより、個人事業者の方が、その事業所の利用がかなわなくなり、これも事業の継続を困難にするのです。
(3)事業資金を用立てるための融資を受けることがかなわなくなること
個人事業主の方が自己破産すると、信用情報機関に異動情報(ネガティブな情報)が登録されることになり、その後長きにわたって登録されること(全銀協は、破産手続開始決定などの官報記載情報については、従前の10年間登録から7年間登録に変更となっています)から、新規の融資を受けることが困難となり、事業の運転資金の調達ができなくなります。
運転資金の調達困難による資金の枯渇により、事業の継続は困難になります。
(4)取引先との関係悪化・信用失墜
個人事業主の方が自己破産した場合、その仕入れ先などに対する買掛金は支払い義務免除の対象となりますことから、免責が許可されると支払う必要がなくなります。
破産した個人事業主の買掛金(債権者からは売掛金)の支払い免除となると、その信用を喪失し、仕入れ先からの継続取引の続行はかなわなくなります。
また、個人事業主が自己破産することによって、販売先の顧客などからの信用も失う可能性も否定できません。
これにより、個人事業主の方が、取引継続や再開がかなわず、事業の継続は困難となります。
2 個人事業主の事業の継続は法律上可能なのか。
個人事業主の方が事業を継続することは困難ではありますが、自己破産後も、事業を継続することができる可能性がないわけではありません。
しかし、破産法36条の存在や、債権者による反発にも意を払わねばなりません。
(1)破産法36条に基づく裁判所の許可による事業の継続
破産法36条は、破産管財人が事業を継続する場合には、裁判所の許可が必要と規定します。
この規定は、破産管財人が、その管理する破産財団所属財産をもって、事業を継続することを想定しています。
すなわち、売掛金の回収や事業譲渡などを行って、破産財団の増殖を図るために、管財人に事業活動をさせるものです。
法人の場合は、破産手続開始決定をもって、解散することから、その事業は早晩廃止されます。その後、破産管財人は、裁判所の許可を得て、破産者(破産法人)の事業を継続することになります。つまり、破産管財人の破産者の事業の継続は、破産手続を進めるためであり、破産手続きが終了すると、法人は消滅することになります(破産法35条)。
とこで、個人は、破産手続きが終了しても消滅することはなく、存続します。
破産した個人も仕事をすることを破産法が禁止するものではないため、個人事業主の方が、破産前から営んでいた事業を継続できることもあります。
(2)債権者の反発(感情)について
個人事業主の方が事業を継続する場合、債権者の反発が考えられます。法的には、破産債権者として処遇しますので、事実上の問題です。
債権者に対しては、個人事業主の方が事業を継続する場合の、使用財産の評価、使用財産と破産財団の峻別の明確化を図ることになります。
破産管財人は、個人事業主としての破産者が、事業を継続することは法的に問題がない
(問題をクリアしていること)こと、債権者を害さないことを説明することで対応することになります。
3 個人事業主の方が事業を継続することができる条件(事業に使用する財産の問題)
個人事業主の方が破産手続開始決定を受けると、その決定時に申立人が所有している財産はすべて破産財団となるのが原則です。
しかし、申立人が個人の場合には、一定の範囲内で破産者の自由な使用処分にゆだねられる自由財産が認められています。
個人事業主の方が事業を継続する場合に使用する資産については、自由財産であるか、破産財団所属の財産であるかの区分が重要となります。
(1)自由財産
自由財産として主なものは次のようなものです。
① 生活に欠かせない衣服、寝具、家具、家電など
② 換価価値が認められる場合であっても、法律で差押が禁止されている財産(差押禁止動産)
③ 99万円以下の現金
④ その他の財産で、評価額20万円以内のもの(なお、自由財産の拡張によらなければならない場合がある)
これらに該当する財産であれば、個人事業主の方は、破産手続開始決定を受けても、破産管財人に引き渡す必要がなく、継続して自由に使用することができます。
よって、個人事業主の行っている事業が、大掛かりな事業用財産の利用が不要な小規模の事業であれば、自己破産後も継続できる可能性があるのです。
(2)差押禁止動産に該当する場合
換価価値が認められる事業用財産であっても、差押禁止動産(民事執行法131条)に該当すれば、破産者の自由な収益処分が可能な自由財産になります(破産法34条3項)。民事執行法131条6号は、「技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者のその業務に欠くことができない器具その他のものを差し押さえてはならない。」と規定します。
大工の道具類、理容師の理容器具類などが当たります。
開業医の治療器具については、裁判所は、価格や業務不可欠性の程度を考慮して判断しています。
(3)差押禁止動産に該当しない場合でも利用できる事業用財産
差押禁止動産に該当しない場合、破産財団に帰属することになります。
① 無価値として破産財団から放棄された財産の使用継続
しかし、その換価価値を評価すると、無価値であることが認められる場合、破産管財人は当該財産を破産財団から放棄することになります。
破産者は、破産財団から放棄された財産の使用を継続することになります。
長年使用されてきた工具・機械類などはこれに該当する場合があります。
② 自由財産の拡張を受けることによって、自由財産となった財産の使用継続
対象の物件について、相応の換価価値が認められるとしても、自由財産の拡張をすること
(認められること)によって、使用の継続が認められる場合があります。
③ 破産財団に属し、換価価値も認められるが、自由財産の拡張の対象にもならない場合
破産管財人が、個人事業主の親族に売却し、その親族から破産者が借り受けて業務に使用する場合(方法)、破産者が自由財産から代金相当額を破産財団に組み入れることを条件
に破産管財人の管理する財団から放棄してもらう場合(方法)があります。
破産財団に、当該財産の換価価値相当の金銭を組み入れることになりますから、当該財産の金銭評価の見積もりを業者から取得して、申立て時にあらかじめのその意向を表明したり、開始決定後管財人に申し入れることになります。
このようにして、個人事業主の方は、当該財産を利用継続しながら、事業継続を図ることになります。
(4)事業の価値
個人事業主の方が営んできた事業の価値については、破産財団の所属財産総額を上回る価値(事業価値)を想定することが不可能ではないかもしれません。
破産に至った個人事業においては、その事業主体である破産者の労働の対価と見合う程度の利益しか見込めないはずです。
このような事業の価値は、皆無かまたは僅少であって個別財産の時価総額相当と評価するのが相当と考えられています。
4 事業を継続しながら、借金問題を解決するための債務整理メニュー
個人事業主の方が、その事業を継続しながら借金問題を解決する方法として、その事業内容次第では、経済的再出発に一番有利な免責の許可を裁判所から得るために、破産手続の利用を考えます。
自己破産では事業を継続できない場合でも、任意整理による方法や小規模個人再生手続きを利用して、返済額の見直しをすることが考えられます。
営まれる個人事業からの収益見込みや保有財産の価値などを総合して、任意整理・個人再生・破産の各手続から、事業継続の可能性が最も高い手続きを選択することになります。
5 ご相談 ご質問
また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。