経営を取り巻く厳しい環境に対応するため、成果主義の賃金制を新たに導入したい等、従業員との労働条件を変更したいというような場合が出てくると思います。

このような場合に、労働条件をどのような手続きで変更するのか、また、変更前の労働条件と比べて変更後の労働条件はどのように設定すべきか等の問題を考える必要があります。以下、これらの労働条件の不利益変更の問題について、解説をします。

労働条件の不利益変更とは

賃金の減額、退職金の減額、労働時間の変更、休日の曜日変更など、労働条件を従業員にとって不利益な形に変更することをいいます。経営を取り巻く環境に対応するため、これらの変更を行う必要が出てきますが、変更が有効と認められるためには条件があります。

労働条件の不利益変更が問題となる具体例

労働条件の不利益変更が問題となるような具体例をあげますと、例えば、次のような事例をあげることができます。

①赤字経営が続いており、従業員の人件費削減を検討しなければならない。売上増が見込めず、人件費以外に減らせる費用もない。また、人員整理を検討してみたが、上手くいかず、全従業員の賃金の減額を検討しなければならない状況にまで資金繰りがひっ迫している。人件費全体で月額80万円程度の減額をしなければ、赤字状態が改善できない。従業員との間で賃金の減額を交渉したい。

②会社の合併に伴い、退職金支給率を他の企業と統一したい。この場合、元々予定していた退職金の支払金額は減額されるが、退職までに支払う給与や賞与の金額はアップできる。退職金支給率を変更することを従業員との間で交渉したい。

③取引先からの電話対応の開始時間を早くしたいので、始業時間を1時間早くしたい。終業時間も1時間早くしてよいので従業員と交渉をしたい。自社には労働組合もあるので、組合と交渉し、労働協約を結ぶことも視野に入れている。

③部下が取引先から個人的な報酬をもらい、取引先に便宜を図っていたことを、営業課長が少なくともある時点では把握すべき立場にあったのに、把握をしていなかった。この件の監督不行届きを理由に営業課長から営業主任に降格させ、賃金を減額したい。もっとも、営業課長から降格について納得を得られなかったときに、営業課長から訴えを起こされてしまうリスクがないか心配である。

④ある支店の支店長の成績の低迷が続いている。自社では、職員の役割に等級を設けており、等級ごとに支払うべき給与の額を決めているが、成績の低迷を理由に、この支店長の等級を降級させ、賃金を減額したい。具体的には月額10万円程度、賃金を減額したいが、支店長から降級について納得を得られなかったときに、訴えを起こされてしまうリスクがないか心配である。

⑤自社の経営方針を大きく転換しなければならない経営状態となっている。しかし、ある管理職が、管理職としての成績に不満が無いわけではないが、経営方針に対して異を唱える状況となっている。管理職らが一丸となって経営方針の転換に従ってくれなければ良くない状況なので、この管理職が経営方針の転換に異を唱え続けるのであれば、管理職からの降格を行う必要がある。
しかし、管理職としての成績には問題が無いので、降格となればこの管理職は強い不満を覚え、会社を訴えてくるかもしれない。給与を大きく減給しなくても良いが、管理職からの降格は速やかに実施したい。どうしたらよいか。

これらのように従業員の労働条件の不利益変更を行いたいという場面は、様々なものが予想されますが、それぞれの場面に応じて検討すべき不利益変更の方法があり、どのような条件がそろえば不利益変更が認められるのかというのも変わってきます。

労働条件の不利益変更が許される条件とは

労働条件の不利益変更が許される条件としては、下記のものがあります。
1、労働者との合意
2、労働者の同意がないが、就業規則を合理的な内容に変更する場合
3、労働協約による労働条件の不利益変更
4、職能資格制度上の資格や職務・役割等級制度上の等級を低下させる際に伴う賃金の減額
5、人事異動上の降格に伴い賃金を引き下げる場合
それぞれの方法について、以下、詳しく説明します。

1、労働者との合意

労働契約法第8条は、「労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる」と規定しています。また、労働契約法9条は、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない」と規定し、就業規則の変更によって労働条件を変更する場合も、労働者との合意が必要であると定めています。そのため、労働条件を変更するためには、労働者との同意が必要になります。

そして、労働者が使用者に対し交渉力の弱い立場にあることを考慮し、労働条件の不利益変更に対する労働者の合意を裁判所は慎重に認定します。最高裁判所の判決においては、労働者の自由意思による合意であることを認める客観的事情が必要であり、当該変更の必要性のみならず、不利益の具体的内容・程度についても情報提供・説明が必要であるとして、そのような情報提供・説明が行われなかった退職金規程の不利益変更に関し、署名押印による同意の効力を否定する判断をしています(山梨県信用組合事件 最高裁判所平成28年2月19日判決 民集70巻2号123頁)。

そのため、従業員に労働条件の変更を合意する書面に署名押印をしてもらうだけでは足りず、不利益変更が必要である理由、不利益変更の具体的内容・程度について説明をした上で、合意をしてもらわなければ、労働条件の不利益変更が許されないということになります。そのため、合意を得る場合には、合意書面に、不利益変更の必要性や不利益変更の具体的内容・程度に関する説明文書を入れておくとか、これらに関する説明を口頭で行うにしても、交渉経過を議事録として記録に残すとか、交渉の様子を録音して記録に残す等の手続を検討すべきということになります。

そうしておかなければ、従業員が労働条件の不利益変更について合意したとしても、そのような合意をさせられたことに納得がいっておらず、不満をつのらせ、後になって合意の有効性を争うということもあり得ますので、注意が必要です。

山梨県信用組合事件の内容

経営難に陥った信用組合が別の信用組合に吸収合併され、さらに別の信用組合がこの信用組合を吸収合併したところ、2度の合併が行われるごとに吸収合併された信用組合の退職金支給規程が不利益変更され、退職金が大幅に減額した。

こうした不利益変更を行う際には、使用者側が組合の職員に経営難による合併の必要性等の変更理由を説明した上、1回目の変更においては変更への同意書、2回目の変更においては説明会報告書への署名押印を得た。しかし、組合員が定年退職後に同意の効力を争い、本来の退職金額との差額を請求したところ、第1審と第2審は、合意の効力を認めて、組合員の請求を棄却した。

しかし、最高裁はこれらとは異なる判断をし、労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者側の合意によって変更できるものの、変更に対する労働者の同意の有無については慎重に判断すべきであり、不利益変更の内容及び程度、労働者の同意がなされるに至った経緯及びその態様、同意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容に照らして、同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断すべきであるという趣旨の理由で、高等裁判所へ審理を差し戻した。

差戻審においては、退職金規程の不利益変更においては、不利益の具体的な内容や程度について情報提供や説明がなされなかったので、合意の効力を認めることはできないと判断された。

2、労働者の同意がないが、就業規則を合理的な内容に変更する場合

(1)同意が無くても不利益変更が有効となる場合がある。

以上のように、不利益変更を行う場合は従業員の同意を得ることが原則となるのですが、これとは異なり、労働契約法10条は、就業規則の変更が合理的なものである場合は、労働者の同意が無くても、変更後の就業規則による労働条件の不利益変更を認めています。また、もともと就業規則を定めていなかった場合に新しく就業規則を規定して、労働条件の不利益変更を行う場合も、新しい労働条件が合理的な内容であれば、同意が無くても不利益変更が有効となるという見解もあります。

そのため、不利益変更を行う場合は、基本的には従業員の同意を得ること目標に交渉していくべきですが、中には同意をしない従業員がいることもあり得ますので、そうした従業員に対し、就業規則の変更が合理的であることを理由に不利益変更が有効であると主張することを検討すべきでしょう。

(2)就業規則の変更が合理的であるとはどのような場合か?

就業規則の変更が合理的なものかどうかについては、
①労働者の受ける不利益の程度
②労働条件の変更の必要性
③変更後の就業規則の内容の相当性
④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に関わる事情
に照らして判断するものと定められています(労働契約法第10条)。

このような判断基準は、最高裁判所の裁判例を基に規定されているのですが、最高裁の裁判例は、「合理性」について「当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性」と表現しており、また、「賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的に不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容」でなければならないと判断していましたが、こういった判断基準は労働契約法第10条に基づく合理性の判断にも利用されていくことになります。

(3)合理性判断を行った裁判例

合理性に関する判断を行った裁判例には様々なものがあり、どのような就業規則の変更であれば合理性が認められるのかを検討する上での参考になるので、ご紹介します。

ア 合理性を肯定した最高裁判所の裁判例

(ア) 大曲市農業協同組合事件 最高裁判所昭和63年2月16日判決
7つの農協組織の合併に際して、元の1組織の退職金支給倍率を引き下げて他の6組織の退職金支給倍率に統一した事案において、労働者の給与額が合併に伴い増額され、増額分と増額分が賞与・退職金に反映された分を合計すると支給倍率の引き下げによる退職金の減額分をほとんど補ってしまうこと、合併による新しい組織においては退職金を旧6組織に併せて統一する必要性が高かったこと、合併により労働者らは、休日、休暇、諸手当、定年等の面でより有利な取り扱いを受けるようになったこと等の事情から、変更に合理性があると判断した。

(イ) 第四銀行事件 最高裁判所平成9年2月28日判決
地方銀行において、定年を55歳から60歳に延長するのに伴い、55歳以降の給与と賞与を削減した事案について、以前は58歳まで再雇用されるのが通例であったこと、削減幅は55歳から60歳までの合計賃金額が以前の再雇用された場合の55歳から58歳までの合計賃金額とほぼ同額になるということ、行員の高齢化の状況、賃金制度改正の内容、改正後の賃金水準を他の地方銀行と比較して検討し、かつ行員の大多数の組合との交渉・合意を考慮して、合理性を肯定した。

(ウ) 羽後銀行事件 最高裁判所平成12年9月12日判決
地方銀行が週休2日制を導入し、1日の労働時間を平日10分、年間95日の特定日は60分延長したという事案において、週休2日制の実施に際して労働時間を延長する必要性が高いこと、労働時間延長の不利益やそこから生じる時間外勤務手当減少の不利益はそれほど大きなものでなく、休日が増えたことの利益も認められるという理由で合理性を肯定した。

イ 合理性を否定した最高裁判所の裁判例

(ア)朝日火災海上保険事件 最高裁判所平成8年3月26日判決
経営危機の克服のために、合併後統一されない形となった55歳と63歳の定年を57歳とし、60歳までは賃金を6割に下げて再雇用すること、退職金支給率を勤続30年で70カ月から51カ月としたところ、変更時に57歳であった労働者の退職金の減額(経過措置として62歳まで再雇用、退職金は勤続30年で61か月分)について、不利益の程度が大きすぎるという理由で、合理性なしと判断した。

(イ)みちのく銀行事件 最高裁判所平成12年9月7日判決
経営の低迷が続く地方銀行が、満55歳以上の管理職を専任職に変更させて、業績給の削減や専任職手当の廃止等を実行したところ、労働者らの標準賃金額が33~46%引き下げられたという事案において、変更の必要性は認められる一方で不利益が大きすぎ、高齢の特定の職員にだけ、不利益を受忍させることは相当でなく、組合と合意したことも大きな考慮要素とすることはできない、という理由で合理性を否定した。

ウ 合理性を肯定した下級審裁判例

(ア)日刊工業新聞社事件 東京地裁平成19年5月25日判決労判949号55頁
経営状態が悪化し、毎月の決済資金を何とか確保する状態にあった会社が主力銀行から支援を得て倒産を回避するために立てた再建計画のために退職金50%を削減したという事例において、倒産すれば配当により支払われるのは退職金の25%程度であり、従業員の約半数を組織する組合が、退職金の削減を受け入れざるを得ないという態度を取っていたこと等の事情があり、不合理とは言えないと判断した。

(イ)シオン学園事件 東京高裁平成26年2月26日労判1098号46頁
自動車教習所が入所生の大幅な減少傾向により赤字経営となり、組合と交渉をした結果、基本給を22万9200円から19万4200円に引き下げ、勤続給、技術給、年齢給を廃止し、給与規程上の教習手当を時間当たり単価に改めるという給与規定の改定をして労基署に届け出たという事案において、変更の必要性、不利益の程度、内容の相当性、組合との交渉経緯等を考慮して合理性ありと判断した。減額の割合は平均して8.1%で、同一職務の他の種類の職員より3~4万円高く、県内の他の教習所に比べても低額とは言えない等の事情が考慮されている。

(ウ)ハクスイテック事件 大阪高裁平成13年8月30日労判816号23頁
年功的賃金制度を成果主義賃金制に変更するという事案で、調整給の支給によって、給与の減額が大きすぎないように配慮され、調整給等の支給が無くなった後もさほど給与の減額が無かったという事例において、合理性を認めた。

エ 合理性を否定した下級審裁判例

学校法人札幌大学事件 札幌高裁平成29年10月4日判決
入学者の減少と人件費割合の高さから経営が困難であるという見通しになった大学法人が、教員の定年を70歳から65歳に引き下げ、定年後再雇用においては70歳までを年俸1200万円弱から800万円に引き下げ、さらにその2年後に、再雇用者の年俸を480万円に引き下げた措置が、不利益の大きさと労働組合との交渉が不十分であることを理由に合理性を満たさないと判断した。

(4)同意のない就業規則変更による不利益変更のための手続的要件

従業員の同意なく、就業規則を変更して不利益変更を行う場合、変更後の就業規則を労働者に周知させるという手続きが必要となります(労働契約法第10条)。周知とは、事業場の労働者に対して、変更内容を知ることができる状態に置くことを意味し、変更内容を個別的に認識させることではなく、また、そのような「周知」は、労働基準法上限定された方法に限られず、他の方法でも可能です。

(5)注意点

従業員の同意なく、合理的な就業規則の変更を行う場合であっても、先行して労働組合との間で締結している労働協約に反していないかという点に注意する必要があります(労働基準法92条1項)。変更しようとする就業規則が労働協約に反する場合、労働協約の有効期間が満了するのを待って、就業規則を変更するか、労働協約に有効期間の定めがない場合は90日前の予告をすることによってこれを解約して(労働組合法第15条23項前段・4項)、就業規則を変更する必要があります。

(6)就業規則の変更に合理性が認められない場合

就業規則の変更に合理性が認められない場合、従業員の個別の同意が得られない限り、変更後の就業規則によって労働条件を変更することはできず、従業員は従前の労働条件を主張することができます。

3、労働協約による労働条件の不利益変更

労働条件の不利益変更を行う場合は、労働者との間で個別の合意を得ることが原則ですが、労働組合が存在する場合には、労働組合との間で労働協約を締結することにより、組合員の労働条件の不利益変更を行うことができます。

なお、事業所の労働者の4分の3以上が加入する労働組合が、使用者との間で労働協約を結んだときは、その事業所で就業する他の同種の労働者は非組合員であっても、その労働協約が適用されます(労働組合法第17条)。

4、職能資格制度上の資格や職務・役割等級制度上の等級を低下させる際に伴う賃金の減額

(1)職能資格の引下げ措置としての降格

ア 職能資格制度について

労働者の意欲、能率、成績の差をもたらす能力の違いを賃金に反映させるべく1960年代半ばから広められた職能資格制度に基づき、「職能給」という賃金を企業が定めていることがあります。

職能資格制度においては、まずは職掌の違いを大まかに分類したうえで、各職掌における職務遂行能力を資格とその中でのランク(級)を規定しています。職能資格の序列は、通常、企業の指揮命令系統としての役職と関連付けられ、職能給は、資格とランクに対応して額が決められています。

この制度のもとでは、昇級や昇格は、年齢・勤続年数を主要な基準として年功的に運用されていることが多く、降級や降格は本来予定されていないのだと思いますが、企業によっては、職能資格制度を定める規程(就業規則)において、降級や降格を定めており、このような定めがある場合には、降級や降格に伴い、賃金を引き下げることが可能です。

イ 降級・降格を行う方法

職能資格制度を定めた規則・規程において、一旦達成された職務遂行能力の表れとしての資格・等級も見直しによる引き下げがあることを明記していることが必要です。また、人事考課の相当性も判断されますから、降級・降格の根拠となる人事考課を行った理由などは記録として残し、後に十分な説明ができるようにしておく必要があります。

ある裁判例においては、主観的評価や思い入れに基づき経営陣の人格的非難を行った従業員の監督職としての能力について、負の評価を受けてもやむを得ないとして、降格処分が違法ではないと判断されたケースがあります(マナック事件 広島高等裁判所平成13年5月23日判決 労働判例811号21頁)。

(2) 職務・役割等級制における等級の引き下げ(降級)

ア 成果主義の基本給制度

1990年代初頭のバブル崩壊後の長期経済低迷とグローバル競争時代の到来を受けて、企業においては、年功を重視した従来の賃金制度を修正し、仕事の成果や仕事に発揮された能力を重視して賃金額を決定する流れが広まりました。例えば、職能給制度における能力・成績主義の強化、上級管理職への年俸制の導入、年功給化した職能給の「職務等級制」「役割等級制」への組み換え等が行われています。

イ 職務等級制・役割等級制とは

年功給化した職能給制度はコスト高の賃金制度と意識されるようになり、企業においては改革を意識されるようになりました。このような改革の一つのモデルとなったのは1980年代~90年代に米国ホワイトカラーにつき広まった職務等級制(ジョブ・グレード制)であり、典型的なものは、企業内の職務を職責の内容・重さに応じて等級(グレード)に分類・序列化し、等級ごとに賃金の最高値、中間地、最低値による給与範囲(レンジ)を設定する制度です。

外資系企業を中心にこのような制度は導入されており、日本企業の場合は職務について明確に定義しないために「職務等級制」をそのまま導入することは困難な面もありますが、このような制度を導入する要請もあって、職務の概念をあいまいにしたまま組織の達成目標に照らして従業員の仕事上の役割(ミッション)を分類し等級化して、その等級に応じて基本給を定める「役割等級制」が広まりつつあります。

管理職以外は職務や役割が不明確なために、職能資格制度における職務遂行能力と同様の基準を用いた等級化となりがちと言われていますが、各自の各期の目標達成度や能力発揮度を評価して、昇級や降級、職務等級ごとの給与レンジの中での給与額の決定を行うために役割等級制が導入されています。

ウ 職務等級制・役割等級制における等級の引き下げ(降級)

職務等級制ないし役割等級制における給与等級の引き下げは、就業規則や労働契約の中で制度が規定されており、制度の枠組みの中で人事評価の手続と決定権に基づき行われる限り、原則として使用者側の裁量が認められています。もっとも、勤務成績の不良が認められず、退職を誘導する等、他の動機が認められるような場合には、人事評価権を濫用したものとして降級は無効となり得ます。

エ 降格・降級に関する裁判例

(ア)降格・降級を適法と判断した裁判例

①日本レストランシステム事件 大阪高裁平成17年1月25日判決
労働判例890号27頁
根拠規定に基づき、部下の監督不行届きを理由とした降格が有効とされた。
②一般財団法人あんしん財団事件 東京地方裁判所平成30年2月26日判決
労働判例117号29頁
グレードが上下する給与制度を導入した会社において、東京の支局で成績不振であった支局長を南九州の支局長へ降格配転した措置について、グレード給と役職手当などで21万円以上の減額があり、他方で1年間調整給として7万円を支給した等の事情を踏まえて、グレード給制度は規則において規定があり、人事評価の内容は不当でなく、不利益も通常甘受すべき範囲を超えないとして、裁判所は適法と判断した。

(イ)降格・降級を違法と判断した裁判例

①日本ガイダント事件 仙台地方裁判所平成14年11月14日決定 労働判例842号56頁
営業成績の不良を理由として係長から事務職へ配転させ、職務等級制上の2段階の降格をさせ、給与額は半分以下になったという事案について、成績評価が不当に低く、配点先での仕事の割り当ての実態から退職誘導の目的に出たと判断し、裁判所は配転命令権の濫用があると判断した。
②日本ドナルドソン事件 東京地方裁判所八王子支部判決 平成15年10月3 0日判決 労働判例866号20頁
職務能力による等級制を採用している企業で、55歳到達者に対する退職勧奨を拒否した労働者が、同じ工場の違う部署に配転され、給与が約半額とされた措置について、給与減額の理由は無く、給与減額権の濫用があったと裁判所が判断した。
③プロクター・アンド・ギャンブル・ファー・イースト・インク事件
神戸地方裁判所平成16年8月31日判決 労働判例880号52頁
市場調査を担当していた労働者に対し、組織再編に伴い担当業務が無くなるという理由で退職勧奨を行い、労働者がこれを拒否すると降格し、仕事はないが出社だけせよと命じた措置を、裁判所は無効と判断した。

5 人事異動上の降格に伴い賃金を引き下げる場合

成績不振を理由に営業部長を一般職にする場合のように、役職者の役職を解く降格については、就業規則に根拠となる規定が無くても人事権の行使として裁量的な判断が認められています。
もっとも、例えば、退職を誘導するために賃金が大幅に低下する降格など、相当な理由のない降格で、賃金が相当程度下がるなど本人の不利益も大きいという場合には降格は許されません。

※ 人事異動上の降格に関する裁判例
ア 適法とした裁判例
バンク・オブ・アメリカ・イリノイ事件 東京地方裁判所平成7年12月4日判決労働判例685号17頁
長年にわたり管理職としての業務経験も積み重ね、人事考課も決して悪い評価ではなかったものの、会社が新経営方針の推進・徹底が急務とされるような経営状態にあったにもかかわらず、これに積極的に協力しないセクションチーフを、それまで同格であった同僚課長の指揮監督を受ける立場に転じさせた措置について、役職手当は、四万二〇〇〇円から三万七〇〇〇円に減額されるものの、新経営方針の推進に積極的に協力しない管理職を降格する業務上・組織上の高度の必要性があったという理由で、裁判所は会社の措置を適法と判断した。

イ 降格を違法と判断した裁判例
明治ドレスナー・アセットマネジメント事件
東京地方裁判所平成18年9月29日 労働判例930号56頁
退職勧奨と自宅待機命令を行い、さらに退職勧奨をするとともに一方的に部長から係長へ降格して給与を従前の半額に減額したという事案について、人事権の濫用があると裁判所が評価した。

6 まとめ

(1)不利益変更の進め方

以上の通り、労働条件の不利益変更の方法は、様々なものがありますが、対象者の個人的な事情を考慮して行うような場合には、職能資格制度上の資格や職務・役割等級制度上の等級を低下させるとか、人事異動上の降格を検討することになります。

他方、多くの従業員の労働条件について不利益変更を行う必要がある場合は、従業員の個別の同意を得る、又は、労働組合のある会社であれば労働協約の成立を目指すのがよろしいかと思います。

そして、多くの従業員から同意を得たり、労働協約を成立させることはできるが、少数の従業員から同意が得られないという場合に備えて、従業員の同意ないまま就業規則を変更して労働条件の不利益変更を行うことができるかという検討を行うのがよろしいかと考えます。

同意のない就業規則の変更について合理的な理由があると認めてもらうためには、労働組合等との交渉の状況その他就業規則の変更に関わる事情も考慮されますので、いきなり同意を得ずに就業規則の変更を行うのではなく、まずは、従業員に対して個別の同意をもらうとか、労働組合と労働協約を成立するような交渉を行うことが必要と考えます。

(2)同意のない不利益変更については、裁判に備えた検討を行う。

従業員の同意を得ないまま行う労働条件の不利益変更については、従業員から不利益変更の効力を裁判等で争われる可能性がありますので、降格や降級については、人事考課において降格や降級をさせることができる十分な理由があるかを検討すべきです。

また、就業規則の変更による労働条件の不利益変更については、変更に合理的な理由が認められるかを検討すべきです。この方法による労働条件の不利益変更は多くの従業員に影響する措置ですし、特に、賃金の減額や退職金の減額を行う就業規則の変更については、変更を行う高度な必要性が要求されます。そして、賃金や退職金の減額によって大きな不利益を与えないよう注意をする必要があります。裁判例を見ると、給与の8.1%の減額は有効と認められている一方、33~46%の減額は違法と判断されているということ等も考慮に入れて、給与の減額を実施すべきです。

(3)弁護士へのご相談

労働条件の不利益変更は、裁判のリスクがありますので、実施を行うべきかの判断の前に弁護士へご相談を頂きたく存じます。多数従業員との交渉においても同意の取り方に慎重な配慮が必要になりますし、同意を得にくい従業員についてはより訴訟のリスクが高くなりますので、配慮が必要です。

そして、不利益変更は、上記のように、様々な裁判例の内容を踏まえた判断が必要になる問題になりますので、一度は法律の専門家である弁護士にご相談をして頂いた方が、後の裁判のリスクを減らすことができますから、ぜひ法律相談をご利用頂きたく存じます。

労働者の方との交渉の進め方についてもアドバイスできるところがあり、交渉経過の記録の取り方や、交渉で労働者に説明すべき内容などに関しても助言することができますので、法律相談のご利用についてご検討頂けますと幸いです。

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グリーンリーフ法律事務所は、地元埼玉で30年以上の実績があり、各分野について専門チームを設けています。ご依頼を受けた場合、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。
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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 村本 拓哉
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